LOGIN「……身に余るお言葉でございます」
再び深く頭を下げようとする私を、小さな肉球のついた手を振って、神獣が制した。
「いい。もっと楽に接して欲しい。私は、お前にこの命を救われたのだから」
「……ローエンマイン様が、そう仰るのでしたら」神の遣いだという神獣を前にして、緊張しないわけがない。が……彼がそう言うならば、と身を起こし、それでもまだ緊張で固まっている私に、神獣はくすりと笑みを漏らした。
「本当に、楽にしてくれ。あの侍女に接していたように、言葉も崩してくれて構わない」
「それは……。さすがに、神獣様に対して、そこまで無礼なことは……」 「この俺の頼みでも、聞いてもらえないのだろうか」 (本当に、無茶なことを言う神獣ね)表には出さないように、心の中でそっと溜め息を吐いた。
神獣といえば、聖女と並び、王族と変わらないくらいの権威を持つ存在だ。本来ならば、私のような公爵家の人間でさえ、お目に掛かることも難しいくらいの存在なのに……。 だが、こんな子猫の姿で、しょんぼりと耳を畳まれてしまうと、彼の頼みを拒否しているこちらが悪者のような気さえしてくる。(まぁ……見た目だってこの通り、子猫なんだし。神獣が望んだのなら、大丈夫かしら?)
こんな場面をもしも誰かに見られたら、神に背いただの反逆罪だのと罪に問われかねない。しかし、彼の頼みを断る、というのも、それはそれで失礼だろうし。
散々迷った挙げ句、私は降参することにした。「……わかったわ。普通に話す。これでいい?」
「ああ。そのほうがずっと良い」ローエンマイン様は、器用に子猫の顔で笑みを作ると、満足そうに頷いた。
「それで……聞いてもいいのかしら? あなた、聖女のための神獣、なのよね? どうしてあんな傷だらけだったの?」
「ああ、そのことか」楽にしてくれ、と言われたついでに聞いてみたのだが、途端に神獣は、青い瞳を嫌そうにすがめた。
「あまり知られていないことだろうが、俺たち神獣は、生まれ落ちてすぐは無力なのだ。聖女や、己が認めた人間と契約を交わすことによって、初めて成獣となり、神聖力を使うことができるようになる」
「まぁ……。そうだったのね」確かにそれは、教養の中でも教えられなかったことだ。
ということは、彼は今、まだ契約をしていない無力な状態だということか。「俺が生まれ落ちたのは、あの城の庭だった。無力なまま、獣に襲われて怪我を負ってしまったところを、あの女に見つけられてな。……お前に、救われた」
ほんの僅か空いた間に、どんな感情が込められていたのだろう。傷ついたような、悲しげな声色に、無礼だとは理解しつつも、つい、彼の頭をそっと撫でていた。
咎められるかと一瞬ひやりとしたが、神獣はただ、気持ちよさそうに私の手に頭を擦り付けるだけだった。 強大な神の加護を持つという神獣でも、契約がなければ、命に関わる危険もあるだなんて。 こんな風に話し込んでいるうちに、どれくらいの時間が過ぎただろうか。 使用人たちも寝てしまったのか、いつの間にかしんと静まり返った屋敷の静寂の中、月明かりだけが、ぼんやりと私たちを照らす。「……ごめんなさい」
澄き通った宝石のような、その空気にぽつんと染みを作ったのは、私の言葉だった。
「なぜお前が謝る?」
「だって……本当なら、アリサ様があのまま、あなたを助けて、契約をするはずだったのでしょう? それなのに、私があなたを、屋敷に連れてきてしまって……」神獣にとって、契約がそれほど大切なものなのだとしたら、私はこの神獣にとって、余計なことをしてしまったのではないだろうか。そう、思ったのだ。
「私があの時、あなたたちの側を通りかからなければ、アリサ様があなたを助けたのでしょうし……」
「――それは違う、ジュリエッタ」消え入りそうな私の謝罪を、ローエンマイン様の穏やかな声が遮った。
「あの女……アリサ、というのか。あれはきっと、お前が通りか掛からなければ、俺を見殺しにしただろう」
「そんなことは……。彼女は、聖女です。見殺しになんて」 「お前には見えなかっただろうが。あの女、俺を見つけてすぐ、あの生け垣の根元に穴を掘っていたんだぞ」 「え?!」 「ジュリエッタ。お前がいなければ俺は、今頃土の下で冷たくなっていただろう」 「……そんな……」信じられない。いくら素行の悪い彼女だからといって、まだ生きている小さな命を、埋めようとしていただなんて……。
くらりと、怒りにも似た感情に、目眩がする。 本当に、彼女は――聖女という名を、どこまで汚そうというのだろうか。 その時。 すり、と、また手の平に、ローエンマイン様が身体を擦り付けてきた。 私の手に、首筋を押しつけるようにして、あの傷だらけだった――今はもう、すっかり滑らかになった黒い毛並を滑らせる。 うっとりと青い目を緩ませて、彼はほう、と息を吐いた。「ああ。お前の手は、温かいな」
「ローエンマイン様……」 「あの女の手は、冷たくて不快だった。……ジュリエッタ」 「はい」 「お前が、俺と契約してくれないか?」 「……はい?!」驚いた拍子に、見事に声が裏返った。
(……ローエンマイン様、今、なんて言ったの?契約?私と?)
あまりのことに、不躾にもちんまりとした彼の両脇に手をついて、ずいと顔を寄せてしまった。
「……申し訳ありません。ローエンマイン様。私、とんでもない聞き間違いをしてしまいました。もう一度、ゆっくりはっきり、仰っていただけます?」
何故か、子猫はこの状況を楽しんでいるかのように、ひとり笑顔を浮かべている。
「うん? だから、お前にこの俺の契約者となって欲しい、と言ったんだ。恐らく、お前は何も聞き間違えてなどいないと思うぞ、ジュリエッタ」
……嗚呼、聞き間違いであったのなら、どんなに良かったことか。
しかしこの神獣は、間違いではない、ときっぱり言い切った上で、期待に満ちあふれた瞳で、私の方を見つめていた。 ここまでされては、聞き間違いも何もないだろう。この神獣様は、聖女でも何でもない私に、契約を持ちかけてきたのだ。(落ち着いて、落ち着くのよ……ジュリエッタ)
ゴホン、と一度咳払いして、暴れまわる動悸を少しでも治めようと努力した。
「あの、ローエンマイン様? そのような冗談はよくないわ」
「? 冗談などではないが」 「尚更悪いですわ! それにあなた、先ほど自分は、聖女のために遣わされたって……」 「うむ。それについては肯定する」 「でしたら、アリサ様と契約するんでしょう? 私となんて契約しちゃだめよ!」神様が、この神獣をアリサ様のために遣わしたというのに、聖女でも何でもない私が、契約なんてしてはバチが当たりそうだ。いや、絶対当たる。うん。
だと言うのに、この小さな神獣様は、能天気に小さな前足をフリフリしてみせる。「そんなことはないぞ。確かに神からは、聖女の力になれと命を受けたがな、契約するかどうかについては、俺自身の意思が最優先されるのだ。だから、俺がお前を選んだなら、契約したとて何も問題はない」
(いやいやいや、問題ありまくりでしょうよ……!)と言う叫びは、なんとか心の内だけに留めた。
彼自身の意思次第だというのなら、そっち側の問題はないだろうけれど! だって――神獣よ?神獣様なのよ? それを聖女でもない私が、契約者として連れ歩くって? 王国内で、どんな騒ぎになるのか――なんて、想像したくもない。 それでなくとも、今の私は不名誉な噂話の的だというのに。(やっぱり、そんなのダメ。きっと今以上に大変なことに――)
そんな未来が見えていて、簡単に契約なんてものができるわけがない。
「……あのぅ、ローエンマイン様。その、とっても名誉なことだと思うのだけど、私……」
おろおろと断ろうとしていた私に、彼は青い瞳を哀しげに伏せた。
「ならばお前は、俺にあの……血も涙もない女の元へ行き、契約しろと言うのだな? この俺を見殺そうとした……いや、生き埋めにしようとした女の元で、今度こそ死ぬまで扱き使われろ、と?」
……改めて言葉にされると、ぞっとする。いやまあ、アリサのための神獣なのだから、彼はもちろん、彼女と契約するべき……と、思うのだが。
ローエンマイン様が口にした内容は、あまりにも悲惨だ。 確かに、一度己を殺そうとした人間に仕える、というのは、良い気分がしないだろう。「……いや、あの。確かにそれは、どうかとは思うのですけど……」
しどろもどろになりながら、私はどうするべきなのだろうか、と、必死に考えていた時。窓の外に、ちらりと美しい月が浮かんでいるのが見えた。
――ああ、神様。 どうして私に、このような試練をお与えになるのですか――。 日中に嘆いていたマーサのようなことを思いながら、私は泣きたい気持ちでいっぱいだった。窓から差し込む、きらきらとした陽の光。ふわりとカーテンを揺らす風が、頬を撫でて通り過ぎていく。 マーサの淹れてくれた紅茶も、格別の香りだ。 まさに完璧な朝の風景――の、筈だったのだが。「……ふむ。とても美味しいな」 陽の光がきらきらと反射する、さらりと揺れる黒髪。長い足を持て余すように組んで椅子に座る姿は、社交界の令嬢たちが悲鳴を上げそうなほど様になっている。すうっと切れ長の、女性が嫉妬するような長いまつげに縁取られた目は、煌めく深く青いサファイアがはめ込まれているよう。 一見、人形か何かかと目を疑うほど美しい男性は、優雅にティーカップを傾ける。……私の隣で。(いや……本当に慣れないわ。詐欺よ、詐欺だわ……) じとりとした目で見られていても全く意に介さず、新聞をばさりと広げた彼は、「ほう……?」といたずらっぽく瞳を輝かせた。「リーエ。ほら、ここの記事を見てみろ。――『王国全土を包む黄金の光、女神ロザリンデ様の祝福』だそうだ」 「……はぁ」 「俺たちのことも書かれているぞ。ほら、ここだ――『女神からの祝福、聖女に続き、神獣と契約した公爵令嬢が現れた』。有名人だな、リーエ」 「……あの。ロロ?」 「ん?なんだ?」 あまりにも人に馴染みすぎている神獣様に声を掛ける……と、美青年はこてん、と首を傾げた。 そう――この、私の横で寛ぎまくっているイケメンこそが、『あの』神獣ロロなのだ。「……いえ。なんでもありませんわ」 「そうか」 不思議そうな顔をしながらも、興味深そうに新聞に視線を戻すロロの姿に、私は再び小さく溜め息を吐いた。 新聞でも大きく取り上げられているらしい、王城へと呼ばれたあの日。 まばゆい光の中、私がロロと契約を結ぶと……光が収まった後にその場に立っていたのは、人間の姿になったロロだったのだ。 契約して完全な成獣となったロロは、神聖力を使うことができるようになった。 契約者である私と一緒にいるのに、この人の姿のほうが楽だ――とのことで、すぐに変化を
決して大きくはないその声に、謁見の間は水を打ったように静かになった。 声の主が、ひらりと私の肩から床へと降り立つ。「あ……貴方は、」 「聞こえなかったか?下がれ、と言ったんだ」 あれほどまでに勢いよく詰め寄っていた大神官が、再び発せられたロロの声に、一歩後退った。 すい、とお父様が立ち位置を戻すと、代わりに私の正面に立ったロロは、その小さい身体で堂々と、玉座を仰いだ。(こんなに小さな身体に、こんなにも多くの大人が気圧されるなんて……) 改めて、ロロが神獣なんだということを実感する。 そのまま固まったように沈黙してしまった大神官に代わり、静寂を破ったのは国王陛下だった。「先ほどの声は、貴方か」 静かな問いかけに、ロロは小さく頷く。「左様。俺の名は、ローエンマイン・ロジェルティア・アルファレア。お前たちが先ほどから話題にしている、神獣だ」 ロロの言葉に、遠巻きにしている大臣たちがざわり、とさざめいた。 国王陛下は、ふむ、と頷いて、席を立つとロロに向かって小さく頭を下げた。周囲の人々も、次々とそれに倣い、一礼する。「神獣ローエンマイン殿。まずはこの、アーヴェルト王国の国王として、挨拶をさせて頂きたい」 「ああ。よろしく頼む」 私はといえば、ロロのすぐ後ろで礼をとりながら、内心ハラハラしていた。 神獣は王族と並ぶ権威を持つ――それは理解しているが、ロロの国王への物言いが、どこまで許されるものだかわからないからだ。 幸い、国王陛下はロロの物言いに気を悪くはしていないようで、再び玉座に座り直した後も、柔らかな空気を纏ったままだった。「それで……神獣殿。貴殿が此度、神託にあった神獣ということで、間違いないのだろうか?」 「ああそうだ。俺は、そこの聖女のために、ロザリンデから遣わされた」 再び、ざわりと大臣たちが言葉を交わす。 一度は沈黙した大神官が、ぱっと表情を明るくして、何かを言おうと口を開いた――が。「――そう、俺は聖女のた
「久しぶりだな、ジュリエッタ令嬢」 「はい。ご無沙汰しております、陛下」 国王陛下は、優しい表情でうんうんと頷いてくれた。 私は、幼い時から第二王子ヴォルシングの婚約者だった。必然的に、国王陛下や王妃様に会う機会もとても多く、優秀な子だと、大変可愛がってもらっていたのだ。 ――異世界から、聖女がやってくるまでは。 しかし、婚約を破棄しても、陛下や王妃様から嫌われているわけではない。 今回も、話すら聞かず私に罪を問うような空気ではないことを感じて、私はほっとした。「本当に、元気に過ごしているようでよかった。こんな朝早くから呼び立てて悪かったな。実は、今朝早く、神殿に神託が下ったのだ」 「神託、でございますか」 「ああ。内容の説明は、同席させている大神官からさせよう」 陛下がすっとアリサの後ろへと視線を向ける。それを受けて咳払いしたのは、初老の男だった。 ずるりと床を引きずるような、真っ白に金の縁取りがなされた神官服。袖の部分に3本のラインが入っているのは、大神官である証だ。 その男は衣擦れの音をさせながらアリサの前へと進み出ると、厳しい目で私を睨み付けた。大神官には、あまり良く思われていないらしい。「……あー、えっほん。私は、この首都にあるロザリンデ教、主教会の大神官を務めている、ラニエルと申します。本日の日の出の頃、我が神殿の祭壇へと、神の御言葉がおりたもうたため、急ぎ国王陛下へと報告をいたしました」 丁寧に前置きをして、大神官は丁寧に頭を下げた。不機嫌な顔はそのままだが、きちんと礼儀はなっている人物のようだ。「それで、ロザリンデ様は仰られたのです。我が忠実なる遣いを、地に与えたもうた。聖女と共に、この国に繁栄をもたらせるだろう――と」 神の神託を朗々と告げると、胸元のロザリンデ像をかたどったネックレスを握りしめ、大神官は口早に祈りの言葉を呟いた。 ――女神ロザリンデ。このアーヴェルト王国において、王国の繁栄を約束し、豊かな実りと平和を授けてくれると言われている、女神だ。 この国に現れる異世界からの
茶番というか、見世物というか。 すさまじい泣きっぷりを披露しているアリサの次に、玄関口から飛び出してきたのは、第二王子その人だった。 ……私の幼馴染みであり、元婚約者であり……そして現在、聖女アリサの婚約者である、ヴォルシング・アーヴェルトだ。 私よりもふたつ年下の彼は、赤みがかったくすんだ金髪に、王家に伝わる紫の瞳をした、少年らしさの残る、可愛らしい美丈夫だ。年下のくせに、身長ばかりぐんぐんと伸びて、今では私の兄様方と変わらないくらいの長身になっている。 そういえば、会うのは婚約破棄をして以来だったな、と、ぼんやり思った。 彼はわんわん泣くアリサと、そしてドン引きしているこちらを順に確認して、アリサの横を通り過ぎた。「ヴォルグ様ぁ!」 「少し待て、アリサ」 縋るようにヴォルシングのズボンに手を伸ばしたアリサは、彼の静かな言葉に途端に喚くのをぴたりとやめる。 すすり泣くアリサを背後に、ヴォルシングはお父様の目の前まで行くと、小さく頭を下げた。「ユロメア卿。すまない、出迎えが遅れたな。……それから、その、少し……騒がしくしてしまって」 「ご機嫌よう、殿下。……そちらの聖女様のことは、よろしいのですか?」 決まり悪そうにしているヴォルシングへ、お父様がしっかりと頭を下げつつ尋ねる。怒ると言うより、呆れているような口ぶりに、ヴォルシングはそっと肩を竦めた。「俺は王族として、貴殿を出迎えに来たのだ。挨拶が先だろう」 「仰る通りですな」 ヴォルシングは、次に兄様たちへと会釈をして――最後に、私へと向き直った。 声を掛けられる前に、と――私はすっと、ドレスの端を摘まんで広げ、身体を沈ませる。「……久しぶりだな、ジュリエッタ……いや、ユロメア公爵令嬢」 婚約者でなくなった以上、今まで通り、互いを名前で呼び合うことも失礼なことだ。(ヴォルグは、しっかりしていて助かったわ) 「はい。お久しぶりでございます、殿下」 返事をして姿勢を戻す。と――ヴォルシングは、何とも言えな
ほんの僅か、白髪の交ざる髪を乱して、ついでに衣服もヨレヨレというものすごい外見で、お父様が素早く部屋の中を見渡し――。 やがてその視線は私と、私の膝でくつろいでいるローエンマイン様の姿を確認した。途端、音が聞こえるんじゃないかという勢いで、お父様の顔色が真っ青になった。「なんということだ……。いや、まさか、そんな……」 「お父様、どうなさったのですか?」 手で顔を覆い、がっくりと肩を落としたお父様の姿に、嫌な予感がする。(ただでさえ、ローエンマイン様から契約を迫られて困ってるっていうのに……また何か、厄介ごとでも起きたっていうの?) あまりにもショックを受けたお父様の姿に、お母様が立ち上がり、そっと寄り添った。「……あなた。何がありましたの?」 「……ああ。そうだな。すぐに出発しないといけないんだ」 「まぁ、どちらへ?」 多少冷静さを取り戻したらしいお父様が、お母様の手を握り、やっと顔を上げる。 その表情はとても、困り切っているように見えた。「説明は馬車の中でするから。ジュリエッタ、すぐに出掛ける準備を。……その、『膝の上の御方』も、お連れしなさい」 ……どうやら、私の悪い予感は的中したようだった。 お父様が、何か話を聞く前に、私の膝の上のローエンマイン様を、『膝の上の御方』と呼んだ。それだけで十分だ。「わかりました。すぐに王宮へ向かう準備を致します」 そう返事をして、ローエンマイン様を抱えて早足で自室へ戻る。 身支度を調えて屋敷からでると、玄関口には既に、正装に着替えたお父様とお兄様たちが揃っていた。お母様は、屋敷に残るらしい。 見送り際、お母様は私をぎゅ、と抱きしめて、ローエンマイン様にはそっと頭を下げた。「神獣様。娘を、どうかよろしくお願いいたします」 「案ずるな。ジュリエッタのことは、必ず守る」 馬車はいつもより速い速度で、王宮へと走りだした。私の隣にお父様が座り、向かいにはお兄様たちが座っている。 いつもより少しガタガタと
「……と、いうわけですの」 「…………」 翌日。 私は談話室にて、お母様とお兄様たちを前にして、冷や汗を流していた。 半ば尋問のような雰囲気の中、ローエンマイン様についての全てを説明し終えた私に、沈黙が重くのしかかる。 こんなことになったのは全て、今私の膝で満足そうに丸くなって喉を鳴らしている、ローエンマイン様のせいだった。 結局、一晩中契約を迫られ、断り続け……そんなことを続けている間に朝になり、私の様子を見に来たお母様に対して、あろうことかローエンマイン様がしゃべったのだ。「……む? ジュリエッタの母君か。世話になっている」――と。 当然、お母様は驚き、猫がしゃべったと悲鳴を上げ、それを聞いてお兄様たちがばたばたと駆けつけてくる騒ぎとなり……。 あれよあれよという間に、朝食を兼ねた軽食が並べられたこの談話室にて、取り調べが始まったのだった。(もう……どうしてこんな目にー) 嘆いたところで、ローエンマイン様が神獣であることには変わりない。 彼を助けると決めたのは私なのだから、責任を取らないといけない、とも思っている。 でも……。 ちら、と、正面に座るお母様たちの顔色を窺う。 お兄様――上のお兄様が深い溜息を吐いたのは、その時だった。「――ひとまず、事情はわかった」 「アルト兄様……」 上の兄――長男アルト・ユロメアは、私と同じハニーブロンドに新緑色の瞳の美男子だ。 頭脳明晰なお父様の部下として、また王城にて政治に関わる出世頭として、社交界でも人気の独身男性。 そんな完璧人間の長兄に続いて、下の兄――次男ウォルター・ユロメアが、静かに頷いた。「やはり、リーエは天使のように優しいのだな。さすが俺の妹だ」 「ウォルター兄様……!」 「なんだリーエ。俺は間違ったことは言っていない」 ウォルター兄様は、新緑色の瞳に、お父様譲りの短い茶髪をツンツンさせている。こちらももちろん、アルト兄様と別タイプの美男子として有名だ。







